こんちわ!おもち君です。こないだ映画「イノセンス」を観たんだ!久しぶりだったけどこれまで何回か観てるから今日は感想と考察を書いていくよ。
映画「イノセンス」について
「イノセンス」は2004年3月6日に全国東宝洋画系で公開された押井守監督のアニメ映画だよ。
1995年公開のアニメ映画『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の続編なんだ。
日本のアニメーション作品初、カンヌのコンペ部門に選出されて日本だけじゃなく世界的にも話題になった映画なんだ。
映画「イノセンス」の作品情報
【公開】
2004年に公開された押井守脚本、監督の日本映画。
【キャスト】
大塚明夫、山寺宏一、田中敦子、大木民夫、仲野裕、竹中直人、榊原良子
【作品概要】
士郎正宗の漫画「攻殻機動隊」を映像化し高い評価を受けた押井守が再び監督を務めた続編作品。
続編作品だけど、「イノセンス」単独で観ても面白いから大丈夫!!
人物についてより知りたい人は「攻殻機動隊」を観てね。
あらすじ
公安9課に所属するバトーは「ロクス・ソルス社」の開発した少女型ガイノイド、通称「ハダリ」の暴走事件を捜査していた。
ハダリは所有者を殺害後、自殺をするという不可解な行動を起こしていた。
所有者と警官2名を殺害したハダリを追い詰めたバトーは「助けて」と言ったハダリが自壊する前にショットガンで射殺する。
バトーはトグサと捜査をすることを命じられ、ロクス・ソルス社のある北端(択捉島)に飛ぶ。
イノセンスの解説&考察
イノセンスは初めて観る人には結構難解な部分が多いんだよね。僕自身も初めて観た時はわからないところだらけで何となく観たって感じだった。
それから何回か観たり、わからないところは調べたりしながらようやくだいたいは理解できるようになったよ。きっとまだ理解ができない人もたくさんいるだろうからそんな人のために少し解説しながら考察を書くね。
以下ネタバレ注意!!
ゴーストと電脳化
イノセンスを観てると、この言葉どういう意味?っていうのが結構出てくるんだよね。
その中で一番重要だけど一番よくわからないのが「ゴースト」。
ゴーストっていうのは人間が本来的に持つ自我や意識、霊性のこと。
人間の肉体から生体組織を限りなく取り除いて機械で代行していった際に、自分が自分自身であるために最低限必要な物、又はその境界に存在する物こそゴーストである。というのが攻殻機動隊の設定。
バトーは身体のほとんどが機械だけどただの機械(マシン)と違うのがゴーストがあるということ。
攻殻機動隊(イノセンス)の世界ではこうして機械化した身体を持つ人もいるし、トグサみたいに生身の身体にこだわる人間もいる。
さらに電脳化っていうのは脳みそを電子化していて映像を共有したり声を出さなくても脳内だけで会話ができたりもする。
だから作中で警察の人が会議する時に口を開いて喋ってないんだよね。例えるならパソコンが脳みそにあるみたいな状態。
一見便利そうな電脳化だけど弱点もある。それはハッキングされる可能性があるということ。
電脳がハッキングされると、他者に脳を操られてしまう。
バトーが飼い犬の餌を買いに行った時、誰かに尾行されていると思い、その人物と銃撃戦をして銃撃をくらってしまい店員を射殺しそうになってしまうっていうシーンがあるんだけど、初めて観た時は映像のままそれが真実だと疑わなかったんだよね。実はこれ、バトーは電脳ハッキングされていて幻覚を見せられているっていう場面だったんだよね。
だから本当は尾行している人なんかいなくて、バトーは一人で銃撃戦をして自分の身体に自分で銃撃して傷を負ったんだ。
バトーを監視していたイシカワが止めてくれたから良かったけど、もし誰かを殺してしまっていたら公安の人間が急に銃を乱射したってスキャンダルになっただろうねっていう。それを狙って凄腕のハッカーがバトーの電脳をハッキングしたんだ。ロクス・ソルス社は公安に嗅ぎまわられたくないからね。(何故捜査されたら困るかは後述)
攻殻機動隊の主人公、草薙素子は大事な決断をする時、「そう囁くのよ、私のゴーストが」っていう決め台詞を言うんだけど、今回イノセンスではバトーが「囁くのさ、俺のゴーストが」って言ってるんだよね。
草薙素子はイノセンスでは電子の世界と融合していて、実体を持たないんだ。ネットの世界を自由に動き回れるゴーストを持った存在として登場するんだよね。
バトーと草薙素子は元同僚で、一緒に仕事をしていたんだけど前作で素子は失踪し、上記のような状態で存在している。バトーは口には出さないけど結構寂しがってるんだよね。
素子を恋しがってるような、取り残された感に苛まれているような。2人は恋人ではなかったけど、それに近い感情があったのかな、とも取れる。
そんなバトーが素子の台詞を言ったり、死んだ人を懐かしむようなことを言うのもまたイノセンスの重要な要素だと思うんだよね。
バトーも素子も身体はほとんどが機械でサイボーグ化してるのに、むしろそういう身体だからこそ、ゴーストを大事にしてるんだよね。
人であるための一番大切なものこそがゴーストなんだ。
ジャックの死とハダリ
あらすじにも書いたように、イノセンスは少女型ガイノイド「ハダリ」が所有者を殺害して自殺をする、っていう事件を解決するために公安9課が捜査をするっていう話。
ガイノイドっていうのは女性型のアンドロイドのこと。
少女の姿をしたアンドロイドは、実はセクサロイドとして作られていたんだ。セクサロイドっていうのは性交機能を備えたアンドロイドのこと。愛玩用ロボットとして作られていたのがハダリなんだ。
このハダリ、ただのアンドロイドではなく、なんとコピーされたゴーストを持っているんだ。
ロクス・ソルス社は紅塵会っていう暴力団と繋がりがあって、紅塵会は少女を誘拐しロクス・ソルス社に売る。その少女のゴーストダビングをしてガイノイドに搭載し、生身の少女のような反応をするセクサロイドを作り売りさばいているんだ。
ゴーストダビングは違法で、コピーされた元の人間はだんだんとゴーストが劣化していき、やがて抜け殻(人形)になってしまうんだ。
そんなゴーストダビングを良しとしなかったロクス・ソルス社の出荷検査官のジャックは、出荷前のハダリのプログラムを改変。暴走し所有者を殺害したあと自害するというプログラムを組んだんだ。
そして自害する前のハダリは「助けて・・・」と喋る。この声はゴーストダビングをされている少女の声で、ジャックは被害者の少女と共謀して、ロクス・ソルス社が違法な行為をしていることを知らせようとしてるんだよね。
そんな中、なんと紅塵会の組長がハダリを所有していてハダリに殺されてしまったんだよね。
紅塵会は勿論組長の仇をとるためにロクス・ソルス社に抗議。ロクス・ソルス社は会社がしていることじゃなくて、ジャックっていう出荷検査官が勝手にやったから居場所を教えるっていうことで手打ち。
紅塵会はロクス・ソルス社から買った違法改造された戦闘型サイボーグを使ってジャックを殺害。
っていうのが冒頭からジャックの死までの話なんだ。
この部分、ハダリについてまだ何もわかってない時に起きてることだから観てる側からしたら何でこの人殺されたの???とかロクス・ソルス社?紅塵会?みたいな状態になっちゃうんだよね。
ハラウェイ検視官との対話
バトーによって破壊されたハダリはハラウェイ検視官の元でデータを解析される。
ここでのバトー、トグサ、ハラウェイ検視官の会話がなかなか面白い。
ハラウェイ「人間は、なぜこうまでして自分の似姿を作りたがるのかしらね。・・あなた、子供は?」
トグサ「娘がひとり」
ハラウェイ「子供は常に人間という規範から外れてきた。つまり確立した自我を持ち、自らの意思に従って行動をするものを人間と呼ぶならばね。では、人間の前段階としてカオスの中に生きる子供とは何者なのか。明らかに中身が人間とは異なるが、人間の形はしている。女の子が子育てごっこに使う人形は、実際の赤ん坊の代理や練習台ではない。女の子は決して育児の練習をしているのではなく、むしろ人形遊びと実際の育児は似たようなものなのかもしれない」
トグサ「一体、何の話をしているんです・・?」
検視官「つまり子育ては、人造人間を作るという古来の夢を、一番手っ取り早く実現する方法だった、そういうことにならないかと言ってるのよ」
トグサ「子供は、人形じゃない!」
バトー「人間と機械、生物界と無生物界を区別しなかったデカルトは、5歳の齢に死んだ愛娘にそっくりな人形をフランシーヌと名付けて溺愛した。そんな話もあったな・・」
確立した自我を持ち、自らの意思に従って行動をするものを人間と呼ぶ、つまりまだ自我がはっきりと確立していない子供は人間ではない。
つまりその頃の子どもは人形と同じ、というのがハラウェイの持論。
子どもを産んで育てていくと、赤ちゃんは神聖なものから人間という汚れた生き物へと変化していく。
その変化は親であれば誰しも感じるものかもしれない。
このやりとりは、最後のバトーのデカルトの話も含め、人間と人間でないものの区別はどうつけるのかという疑問を投げかけているように思う。
それはアンドロイドと人間はどう違うのかという疑問にも繋がる。
キムと人間機械論
バトーは自分の電脳にハッキングできる人間はそう多くないことから、択捉に飛んだあとキムという凄腕ハッカーを探し対面することに。
そこでトグサとバトーは疑似体験のループの罠に落ちる。
最初観た時どういうこと?って思った部分なんだけど、微妙に違う同じシーンが繰り返されるんだよね。バトーは草薙素子が残してくれた暗号で疑似体験を見抜いているんだけど、トグサは気づかないまま。電脳ハッキングって怖い・・・。
そのキムが仕掛けた疑似体験の中での会話がこれまた素晴らしい内容なんだよね。疑似体験の中でキムの屋敷に潜入した2人は書斎でトグサの顔をしたアンドロイドが横たわっているのを見つける。
そしてその人形(キム)は喋りだす。
「外見上は生きているように見えるものが本当に生きているのかどうかという疑惑。その逆に生命の無い事物がひょっとして生きているのではないかという疑惑。人形の不気味さはどこから来るのかと言えば、それは人形が人間の雛型であり、つまり人間自身にほかならないからだ。」
ここでも人間と人形はどう違うのか、人形がどうして不気味に感じるのかを語っている。
「人間が簡単な仕掛けと物質に還元されてしまうのではないかという恐怖。つまり人間という現象が本来虚無に属しているのではないかという恐怖。生命を解き明かそうとした科学もこの恐怖の醸成に一役買うことになった。自然が計算可能だという信念は人間もまた単純な機械部品に還元されるという結論を導き出す。」
このセリフにバトーは「人間機械論の一説を引用して答える。
「人体は自らゼンマイを巻く機械であり、永久運動の生きた見本である」
人間機械論は18世紀にフランスの哲学者ジュリアン・オフレ・ド・ラ・メトリーが著したもの。
名前の通り、人間は機械であるという考え方。機械と言えば電気が必要だったり車ならガソリンが必要であったりするけど、そういうものを自ら補給できるのが人間という機械なんだっていうことを「自らゼンマイを巻く機械と表現している。
そういえば何年か前に脳にパソコンのようなものをつけて脳波でパソコン側に信号を送るっていう実験が実際にあったんだよね。イノセンスはフィクションであるけど割と現実的な未来のイメージを持っていると思うんだ。
今で言う義手、義足も脳波で本物の手足のように動かすことだってできるかもしれないよね。
そういう技術がどんどん発達していったら人間は全身サイボーグのようになって、怪我をしてもすぐに再生できるようになるかもしれない。
昔、高校生の時に読んだ「じぶん・この不思議な存在」という本のことを思い出した。
人間のパーツを(手、足、頭など)をどんどん切り離し、別のものをつけていった場合、じぶんを定義するものはどこにあるんだろうっていう話。
自分っていうのもはどこに存在するのか、それは意識や自我のことなのか、それともどこにあるかわからない心なのか。ではイノセンスのようにゴーストダビングした人形は人形と呼べるのか、それはもうダビングされた人間そのものではないのか。
こういう話になってくるんだよね。
人間を機械とするなら人形やそれ以外のものとも何も変わらなくて、つまりは分解すればバラバラになるパーツの組み合わせに他ならない。
人形になりたくなかった少女
バトーたちはロクス・ソルス社に潜入し、キムの電脳を使って警備システムにハッキング。トグサは電脳を操作しバトーは電脳から導き出される経路に従って潜入。
キムの電脳は警備主任の電脳に直結しているらしい。
恐らくキムとロクス・ソルス社も何かしらの契約で繋がっていて、何か不都合があった際にロクス・ソルス社から攻撃されないように、ある罠を自分の電脳にしかけていた。
それは、キムの電脳が焼かれたら(死んだら)、ハダリにウイルスをばらまいて暴走させるというものだった。
警備システムにハッキングしていたキムの電脳は防御障壁によって焼かれてしまう。その直後、「生死去来、棚頭傀儡、一線断時、落落磊磊」と文字がたくさん浮かび上がり、ハダリが暴走を始める。
バトーはハダリを倒しながら進むが苦戦を強いられる。そんな時、ハダリの一人がバトーの助太刀に入る。草薙素子が自分のデータを衛星経由でハダリにダウンロードして動かしていたんだ。
2人は共闘し、ロクス・ソルス社から外部アクセスを遮断。ハダリたちは動かなくなり奥へと進む。
たくさんのシェルターから一人の少女を助け出す。
冒頭に説明した、少女を誘拐してゴーストダビングを行っていた場所なんだ。
少女はジャックと共謀してハダリを暴走させ、自分たちを助けてくれる人を待っていたと意気揚々と話すんだけど、それに対しバトーは怒りをぶつける。
「犠牲者が出ることは考えなかったのか?人間のことじゃねぇ。魂を吹き込まれた人形がどうなるかは考えなかったのか!」
その怒りの言葉に少女は「だって人形になりたくなかったんだものー」と泣く。
たしかに少女は誘拐された被害者だし、怒られる筋合いはないっちゃないけど、じゃあ被害者であれば何をしてもいいのかと言われると疑問だよね。
人間はアンドロイドと人間の区別を無意識にしている。でもその区別ははっきりとした境界線を持っているのだろうか?最初のほうにも書いたけど、人間とアンドロイドの違いは何なのか、という問い。
もしそれがゴーストの有無だとすれば、ダビングであれゴーストを持ったハダリは人間と何も変わらないということになる。
バトーは自分の身体がほとんど機械であるから、どっちかというとアンドロイド側の視点なのかもしれない。アンドロイドだからと言って暴走させて自殺させることは、人を殺すことと何ら変わりはないとバトーは言いたかったんだと思う。
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イノセンスがつまらないという評価
イノセンスは映像は美しいけど物語がつまらないっていう評価がちらほらあるんだよね。
何故そんな評価になっているかというと1つは台詞の難解さなんだ。
イノセンスでは他の著書(哲学なども多い)の引用で会話をしている部分がかなり多く、一度聞いただけでは意味が全く分からない、っていう人も少なくない。
それに加え、作品が抱えているテーマもなかなか難しい問題を扱っている。
ここまで書いてきたように、人間はどう定義するのか、人間と人形の違いは何か、などなど哲学的な問いがいたるところで投げかけられる。それに関する登場人物の見解もまた難解。
2つ目はストーリーのわかりづらさ。
解説なしで初めて見ると、なんでこの人は殺されてなんでここでアンドロイドが暴走するの?
と展開の速さについていけなくなる。
最後に、イノセンスは『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の続編であるため、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』や他の攻殻機動隊シリーズを観ていない人にとっては、キーパーソンである草薙素子について何もわからないまま観なければならない。
これらがイノセンスはつまらないって言われてる理由だと僕は思う。
だけどイノセンスは全くつまらなくはない。何回も観ることでどんどん理解が深まり、登場人物たちの心情や台詞の真意が見えてくるんだ。
今度、イノセンスに出てくる台詞がどこからきていてどういう意味なのかっていう記事も書こうかと思ってるよ。
イノセンスの映像美を最大限に楽しむにぴったりな4K版のブルーレイもあるから、そっちも観てみようかなと思ってるんだ。
前作を観たことない人はセットのも。
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